さだまさしさんの「戦友会」という歌が素晴らしい
さだまさしさんのファンになって25年ぐらいたつ私ですが、ファンになったばかりの頃に買ったCDの中に入っていた「戦友会」という曲が素晴らしくて、いろんな人に勧めています。
祖父が存命中にCDを送ったところ、「戦後生まれなのによう我々の気持ちがわかるんやなぁ。すごいなぁ。ええ曲やな」と感心してくれたことがありました。
内容は、戦友会に出かけた父親が息子に語るような感じで、私は毎回泣いてしまいます(笑)。
著作権があるので多くは紹介できませんが、いちばん印象的な部分をちょっとだけ。
「いつかは消えゆく集いなのだ 冬の名残の雪なのだ
そして必ず 二度と必ず 降ってはならない雪なのだ」
年に一度の戦友会。くしの歯が欠けるように仲間が減ってゆき、最後は開催することもできなくなってしまう儚い集い。青春の日々を戦争にささげた父は、何を思いながら毎年の戦友会に出かけているのだろうか、と考えを巡らせる優しい息子の姿が目に浮かびます。
さて、さださんからは少し離れて、私の祖父の話をします。
私の祖父の戦友が、奈良市内で小さな宿泊施設を営んでいました。大学生の頃だったか、高校の同級生と一緒に奈良に行くことになったと話したら、祖母がその宿泊施設を教えてくれて、予約して宿泊しました。
ご主人がとても気さくな方で、お風呂に牛乳を1リットル入れて、「牛乳風呂どうぞ!お肌にいいよ~」とニコニコしていたのが印象的です。
それから20年ほど経って、私が結婚してしばらくした頃、そのご主人、つまり祖父の戦友が亡くなりました。その時、祖父はがんを患って入院していたので、祖母の意向により、祖父にはあえて戦友の死を知らせませんでした。
国のためにともに戦った友というのは、きっと特別な関係なんだろうなぁ・・・と思います。
実家の近所にも、祖父の戦友がいました。その人は認知症になってしまって、ご自宅では訳の分からないことを言ったり、不可解な行動をしたりしていたそうですが、祖父のところにおしゃべりに来ている時は普通に会話が成り立つ、普通のおじいさんでした。
このご近所さんも確か、祖父の闘病中に亡くなり、やはり祖父には知らせなかったと思います。
やがて祖父も旅立ちましたが、もしかして空の上で戦友たちに再会してびっくりしたのではないかと、孫としてはちょっと心配です(笑)
さださんの歌の話に戻ります。
印象的な歌詞、もう一ヶ所あります。
「命かけて お前たちを守ったと言わせてやれ
それを正義と言うつもりはないが 時代と片付けたくもない」
戦地に赴いた若者たちは、家族だけでなく、日本という国、ひいては日本の将来を担っていく戦後の若者たちをも守ったのです。
彼らの青春はどこにいったのかと悲しくなることもありますが、彼らは彼らで確かに青春はあったに違いないと、さださんは歌の中で言っています。
この曲ね、本当に深いんですよ。
最後の一行がたまらないのです。戦争に若い命を散らした親の世代と、現代の青春を謳歌する子供の世代の対比が非常に巧みなのです。
間に挟まれた自分たちの世代は・・・という感じも何となく伝わるところが、いかにもさださんらしい曲です。
たぶんこの歌の中の「親父」は私の祖父の世代で、「僕」が私の親の世代、そしてその下の私たちの世代のことを表現しているわけなんですね。
このコロナの中、「平和」とか「生きる意味」について考えるきっかけを与えてくれる曲だと思うので、ぜひ聴いてみてください。
「家族の肖像」というアルバムに入っています。
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