私の生い立ち・第三話(完結編)

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こんにちは。

タロットカウンセリングで皆さんが幸せになってくれたらと願ってやまない、星月香乃です。

群馬県安中市でアロマテラピー教室と加賀ゆびぬき教室を開催しつつ、タロットも学んでいて、タロットカウンセリングも受付をしております。

さて、今日は意外に長くなっている「私の生い立ちシリーズ」の第三話(完結編)をお送りします。

たまたま訪れた出会いから

2005年、母が乳がんの脳転移で亡くなったところまでは昨日の記事でお話ししました。

実はこの年の初めぐらいに、当時私が運営していたホームページのBBSに書き込みが入ったことがきっかけで、群馬県の男性と知り合いました。

最初はBBSだけのやり取りだったのですが、同じアーティストのファンだったことから、私の手持ちのピアノ弾き語り用の楽譜のコピーを送るなどの個人的なやり取りもスタートしていて、2005年の4月に初めて実際に会ってみました。

母が亡くなったのは5月30日。

メールで連絡すると、絶妙な優しさのメールが届き、私は少し前向きになれました。

今思い出すと、あの頃は朝ドラが「ファイト!」だった気がします。

母の四十九日の法要だった日、「ファイト」のお昼の再放送で由紀さおりさんが「ビリーヴ」を歌うのを見ていたら泣けて仕方がなかった記憶が。

不思議ですよね。実は私、母が嫌いだったのです。

自分の思い通りにならないと超超超~不機嫌になるし、自分がやりたくないことは徹底的にやらないし(笑)。

まあそれはそれとして、母の葬儀関係のことが落ち着いてきた8月、再び群馬の人に会ってみました。

本来の私にはありえない冒険!

春にホームページに書き込んでくれた人と2度目に会うことにした夏。

それが何故か長野県の上諏訪温泉に2泊。

うん。確か2泊だった気が。もちろん、シングルルームを2部屋取りましたんですけどね。

日頃から「生真面目」で慎重で、石橋を叩いて壊して渡れなくなるタイプの私でしたが、何故かこの時は、どうしてもあの人に上諏訪の原田泰治美術館を案内したいと思ったんですよね。

一度会っただけの男性と泊まりがけで旅行とか、普通の私ならあり得ない話なんです。

ただ、私は三重、相手は群馬からなので、日帰りは無理と判断し、どうせ泊まるんだったら上諏訪も下諏訪も含めて観光案内してしまおうと思ったので、プランを提案して決めました。

旅の最初の頃は何となく他人行儀でしたが、だんだん打ち解けまして、旧知の仲みたいになってきました。

近いうちにまた会うことを約束して、諏訪小旅行を終えた私たちでした。

その後、11月に奈良の旅、年が明けて東京で博物館に出かけ、この頃にはもうハッキリとカップルな感じに。

2月に彼を実家に呼び、父に交際相手として紹介。

3月、ついにプロポーズされました!

6月にふたたび彼を実家に呼び、彼が父に私との結婚を申し込むと、あっさりOK。

私たちが好きなアーティストの歌で、妹との結婚を申し込みに来た彼に、親父が「殴らせろ」と言う・・・というのがあるので、彼もドキドキしつつ申し込んだら、私の父の答えは・・・

「どうぞ、どうぞ(^^)」

ということで、無事に婚約が成立したのでした。

この後、彼が「お父さんは奥さんを1年前に亡くされて、またすぐに娘も嫁いでしまったら寂しくて大変だと思うから、結婚は来年にしよう」と提案してくれたので、結婚式は2007年の4月にしました。

それなりに苦労した結婚生活

結婚後は、相手の両親と同居でした。

理由は、義母が末期の大腸がんで闘病中だったことに加えて、義父が若年性認知症だったことです。

闘病・治療が大変で義母が家事ができないことを理解できない義父が、鬼のように義母を働かせてしまうことが目に見えていたので、同居を決めました。

認知症介護って今まで経験したことがなかったので、最初はものすごく戸惑いました。

いきなり怒りだして物を投げ始める義父をなだめるのに四苦八苦したり、急にふらっと出て行ってしまう義父を止めようとして猛烈に怒られたりしながら、義母の看病もしていました。

「最期は家で」と希望していた義母のために、ホスピスには入らず自宅に戻って来てもらって、自宅で看取ったのは2008年8月。

三重と群馬では葬儀などの風習も全く違います。また、同じ仏教でも宗派によってやり方が違います。

結婚して日が浅いうちに、親の葬儀やら隣組の会合やら、いろんなことに参加することになって大変でしたが、いろいろと勉強になりましたし、ご近所さんとの関係を早いうちから構築できたことは、今から思えばプラスでした。

義母を見送った後は義父の認知症介護と真っ向から向き合うこととなり、夫婦ともに身体を壊してしまいましたが、そんな私たちを見かねて、義父の主治医が「グループホームを利用してはいかが?」と勧めてくれました。

当時の私たちは親を介護施設に預けることは「厄介払い」みたいな罪悪感を伴うことから、自宅で介護し続けるつもりでした。

でも、主治医から「介護する人が倒れちゃったら、結局、介護される人が困るでしょ?」というアドバイスをいただき、ついにグループホームにお世話になることにしました。

その後、数年でグループホームから「もううちでは手に負えません」と告げられ、精神科のある病院に入院することとなりました。

そこで数年を過ごしたのち、義父も旅立って行きました。

かけがえのない人生は、重なった偶然から

実は14年前、夫はたまたま「ぎっくり腰」になってしまって自宅で休んでいた時、ふと「図書館で借りた本を読んでいなかったな」と思い出し、読み始めたのが、「さだまさし全一冊」という本でした。

そこでふと、「そういえば、さだまさしホームページとかあるのかな?」と検索してみたら、何となく素人っぽい作りのホームページで、その内容よりも、ページの隅にあった「さだまさしと愉快なnetたち」というコーナーに目が止まったそうです。

そこは、自分のホームページにさだまさしコーナーがある人たち(一般人)が、自分のページへのリンクをさせてもらっていたコーナー。

当時、既に数十件のページへのリンクがあった中で、夫がたまたま見たページが私のページだったと、後で話してくれました。

「ぎっくり腰」と「さだまさし」

この2つの偶然が重なって私たちは出会いました。

そこから、かけがえのない二人の生活へとつながって行ったんですね~。

後で知ったのですが、夫も普段は石橋を叩いて壊すタイプで、インターネットで知り合った人と実際に会うということは普通だったらないそうです。

何故だったんでしょうね、日頃は慎重すぎる二人が、たまたま殻を破って会いに行ったのは。

もしかして、それこそ「赤い糸」だったんですかね(^^♪

たぶんこれは「集合的無意識」というやつですね。

タロットと集合的無意識

以上のような、全くの無関係だったはずの二人が、ふとしたきっかけで出会ったりする現象の陰には、「集合的無意識」がありそうな気がします。

タロットと集合的無意識は密接に関わっています。

タロット&アロマ星屑倶楽部で提供させていただいているタロットカウンセリングも、集合的無意識と少し関係があります。

何故か夫婦関係が上手くいかないとか、職場の人間関係に悩んでいるといったようなつらい状況に置かれている方、もしよろしければタロットカウンセリングを体験してみてください。

お申し込みはメールフォームからできます。